港町・神戸の“顔”|商船三井ビル

堂々とした石造りの外観が圧倒的な存在感を放つ「商船三井ビル」は、神戸のJR元町駅から南へ下った海岸通5番地にあります。

 

 

この辺りは、明治の幕開けとともに開港した神戸の外国人居留地となった地区。現在、「旧居留地」と呼ばれているのはそのためです。商船三井ビルのすぐ近くには、重要文化財に指定されている元・アメリカ合衆国領事館(旧居留地十五番館)や、チャータード銀行ビルもあります。

当時、およそ7万8千坪の敷地内には、500人〜2,000人の外国人が暮らしていましたが、明治政府は外国人による土地の所有を認めなかったため、長らくここは借地のままでした。そして1899年に返還された後、大正から昭和初期にかけては、数多くの日本の商社や銀行が進出したのです。商船三井ビルもそのひとつ。大阪商船の神戸支店として、大正11年(1922年)に建てられました。

 

 

設計を手がけたのは、大阪の「大阪ビルヂング」(後のダイビル)や綿業会館でも知られる、渡辺節(1884-1967年)。渡辺はヨーロッパ風の壮麗な建築意匠にアメリカの合理主義を採り入れながら、当時は“高層”だった7階建で最先端のオフィスビルを誕生させようと試みました。

ゴツゴツとした粗面のままの切石を積んだルスティカ様式の1階部分。その上階の楕円形のメダリオンを冠したテラコッタの外壁や、漆喰塗りの内壁は、日本で初めて導入されたものです。

 

 

実は、この商船三井ビルには、93年前の竣工当時の面影が今も随所に残っています。

モザイクタイルを貼った床、装飾が施された漆喰の天井にくわえて、半円形の時計型インジケータや木製扉が付いた手動のエレベータや、真鍮製のメールシュートは今も現役です。各階に設置されたこのメールシュートに封書やハガキを投函すれば、1階の郵便ポストにすとんと落ち、まとめて回収されるようになっています。

 

 

当然ながら、一世紀近くもの間、近代建築の風格を保つのはたやすいことではありません。1995年の阪神淡路大震災後の改修のみならず、2012年には大がかりな耐震補強工事が実施され、隣地との狭い隙間の空き地を利用して、大型耐震フレームが建物駆体に取付けられました。外付けであるため、外部からはほとんど見えないようになっていますが、資材の搬入や施工にはかなりの困難が伴ったことでしょう。「この美しい建物を残さなければ」という気概が感じとれます。

さらには、時代の流れに応じた変化にも柔軟に対応しています。

エントランスホールの天井を飾るアールデコ風のシャンデリアは、電気による照明が一般化した昭和初期のものと言われていますが、クラシックでエレガントな空間によく馴染んでいます。

 

 

こうして、古い伝統と格式を重んじつつ、現代に必要な機能を最低限度くわえ、後世に残していこうという姿勢は、SALONの考え方と合致するものです。

2階の角部屋にあるSALONにいらっしゃる際は、ぜひ建物探訪もあわせてお楽しみください。

 

 

お待ちしています!


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