内藤礼の「祝福」

1月 09, 2016

写真:富井 雄太郎

 

こざっぱりと整えられた仕事場。壁には小さめのカンヴァスがいくつも立てかけられています。上の方には、くしゃくしゃに丸められたモノクロの雑誌の切り抜きが無造作に貼られています。これらは、美術家・内藤礼が昨年発表した新作です。

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1961年、広島に生まれた内藤礼は、1985年に武蔵野美術大学を卒業、その翌年に東京のパルコ・スペース5で初個展を開催します。そこで発表されたのは、暗い室内にテントのような白い綿布を張って、光に満たされたもうひとつの空間をつくり、竹ひごや糸、ビーズ、リボン、針金などでできた無数の小さな造形物を組み合わせたインスタレーションでした。《Apocalypse Palace》と名づけられた同作の制作動機を、内藤は「自らの精神的な場所をつくること」だったと述べていますが、それから30年が経つうちに、「自らの精神的な場所」は「全ての人間の祈りの場所」へと進化していきます。

 

《地上にひとつの場所を/Tokyo 2002》2002年、ライスギャラリー by G2(東京)
写真:畠山 直哉  Courtesy of Gallery Koyanagi

 

そうした内藤の仕事を追ってみましょう。

1991年に佐賀町エキジビット・スペースで発表された《地上にひとつの場所を》は、鑑賞者がひとりずつ特別にしつらえられた展示空間に入り、10分間を過ごしてその場を体験する作品でした。造形物は全て(照明器具までも)床に置かれ、見る人もその中央に座ることで、内藤の儚い造形物にそなわる「天上性」に、今ここにある揺るぎない「地上性」が邂逅するさまを目の当たりにしたのです。創造と現世、芸術と日常が同時に顕れる場は、その後の内藤作品の方向性を決定づけるものとなりました。

 

 

《Being Called》1997年、カルメル会修道院(フランクフルト)
写真:アクセル・シュナイダー

 

1997年、ヴェネツィア・ビエンナーレの日本代表作家として《地上にひとつの場所を》を出品したのと同じ年に、フランクフルトのカルメル会修道院を展示空間にして手がけた《Being Called》では、壁画に描かれた歴史上の人々、すでにこの世を去った彼らひとりひとりのために、シルクオーガンジーでできた304個の小さな枕が捧げられました。死者に安らかな眠りをもたらすとともに、死者をこの世に呼び覚ますための枕は、天と地にくわえて、今ここと過去や彼岸をつなぐことで、作品世界の奥行きを一層深める役割を果たしたといえましょう。

  

 

家プロジェクト「きんざ」《このことを》2001年、直島
写真:森川 昇

 

瀬戸内海の直島にある築200年以上の古民家を改修し、家とその敷地全体を含めて作品にした《このことを》では、自然が大きな要素としてくわわります。土壁の下の細い開口部から入る外光によって、暗闇から次第に姿を浮かび上がらせる大理石の環、ガラスの球体やビーズ、天井から吊られた糸……。それら全てが響き合って、形づくられる空間は、光の具合で常にその表情を異にします。さらには、風や雨、匂いや音までもが自由に入ってきますが、そうした不安定で流動的な状況を作品を干渉するものとはとらえず、そのまま受容することで、「内に閉じられた」と同時に「外へ開かれた」小宇宙、森羅万象を生成する場が誕生しました。

 

 

《ひと(#159)》2011-12年
写真:木奥 惠三  Courtesy of Gallery Koyanagi

 

2011年3月11日、東日本大震災が起こった後、内藤は「ひとを増やさなければいけない」という衝動に駆られ、親指の大きさにも満たないほどの小さな人間を作り始めます。木から彫り出されて地に立ち、大きな瞳で“希望”を見つめる《ひと》は、これまで世界のさまざまな場所で、時にはひとりで、時には何人もが一緒になって現れてきました。2013年夏に広島県立美術館で開催された展覧会では、広島で被爆して溶け崩れたガラス壜17個に《ひと》がひとりずつ寄り添い、一輪の花とともに、18個の白熱球をケーブルでつないだ《恩寵》のもとに照らし出されたのです。

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そして昨秋、内藤は、自身の30年間の仕事を包括する初の作品集を刊行しました。そこには「祝福」というタイトルが添えられています。天啓を待つ神殿を建て、天地の交わる場所を創造し、希望を信じるひとを誕生させてきたこの作家が、同書の冒頭に寄せたささやかな“言祝ぎ”を、最後にご紹介しましょう。

 

わたしよりもはるかな
懐かしいものはひとりでに

それはどこからともなく顕われて
この身を超え出るとき
どうしてだろう
ほがらかに小さく笑った

わたしは笑っていたのだ
なにかを感じたのではなく
そこにはなにごともないのに

わたしは生きていた
生まれたのかも知れない

(本書より) 

 

 

《無題》2015年(2013年- )
資生堂ギャラリー「椿会展2015ー初心ー」
写真:畠山 直哉

 

『内藤礼|1985-2015 祝福』

発行:millegraph
判型・ページ数:229×297×30mm/288ページ/函入り
言語:日・英
写真:畠山直哉 他
デザイン:下田理恵
解説:三本松倫代/富井雄太郎
定価:9,720円(税込)

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