祝福のトポス|豊島美術館

豊島美術館(香川県)

写真:森川 昇

 

 

先に美術家・内藤礼をご紹介しましたが、この作家の仕事を語るうえで決して欠かすことができないのが、香川県の豊島唐櫃にある「豊島美術館」です。

 

建築家・西沢立衛とともに取り組み、2010年にオープンしたここは、それまでの美術館像を大きく覆すものでした。そこには扉も窓もないばかりか、間仕切り壁も柱もありません。なだらかな曲線を描く、有機的な形態のコンクリートの建造物には、小さな出入口と、天に向かってぽっかりと空いた巨大な開口部が二箇所あるのみ。がらんどうにすら見えます。

訪れた人はまず靴を脱いで、その内部に足を踏み入れます。ひんやりとした感覚とともに最初にやってくるのは、スケール感の喪失でしょう。空間全体がグレイがかった白一色であるうえ、柱や間仕切りがないため、通常の身体感覚で広さや距離を測ることができないのです。物差しを失ったせいで、地に足をつけて歩いているにもかかわらず、自分の存在自体があやふやなものに感じられるかもしれません。しかしそこには、自らを縛るあらゆることから解放されたような、えもいわれぬ心地よさがともなっています。また、外壁と内壁、床、天井までが完全に一体化することによって、建物の内部にいるというより、何か大きなものに包まれているという感覚が強まります。

そのまましばらく時を過ごしていると、直島の「きんざ」と同様、外から差し込む光、流れる雲、風のそよぎ、鳥や虫の声など、その時々の自然現象が、五感を揺るがせ始めます。まっさらになった非日常的空間に日常そのものといえる自然が流れ込むことで、身の回りの景色、森羅万象が今までにない表情を見せるようになるのです。

内藤の《母型》は、この特別な場所で生成し続けます。足下にひっそりと佇む小さな石の玉や円盤。風に揺れる細いリボン。さらに座り込んでじっと目を凝らすと、どこからともなくぷくり、ぷくりと水が湧き出ているのがわかります。一方で、水は床に吸い込まれるように落ちることもあり、耳を澄ますと、そのかすかな響きがどこか遠くの方で聞こえてきます。生まれては消えながら、次第に広がりゆく水は、やがて近くの水に合流し、ついには開口部の下へと辿り着く。こうしてできあがったふたつの泉は、それぞれの水面に夕刻の空を映し出して、一日を終えるのです。

つまり、あなたがそこで体験する事象はその時にしか起こりえないもの。もちろん、あなた自身の気分や感情も。無数の偶然が重なり合って生じる、唯一無二の時が流れていきます。

空間も水も、光も音も、自分も他人も、そこにある全てがあまりにもささやかで、それゆえに、とてつもなく貴い。静けさのなか、生きとし生けるものへの祝福が満ちています。地上はどんなところだったかー。内藤が繰り返してきたこの問いへの答えが、そこにまたひとつ、見えるような気がします。

 

 

豊島美術館(香川県小豆郡土庄町豊島唐櫃607)

開館時間:10:00-16:00【10月1日〜2月末日】/10:00-17:00【3月1日〜9月30日】

休館日:火・水・木曜日【12月1日〜2月末日】/火曜日【3月1日〜11月30日】

 


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